E.H.エリクソン (Erik Homburger Erikson)

 フロイトの理論を発展させ自我同一性(アイデンティティ)などの概念を提唱しました。
 社会の中における自我の形成についての理論を展開し、人間科学・社会科学に大きな影響を残しました。
 彼の提唱した自我同一性の概念は青年心理学にとって不可欠です。自我同一性の概念は、単に分析枠組みとして有効というばかりではません。1960年代の青年たちは自我同一性という言葉を手がかりに自分の心理的葛藤自覚していきました。

自我同一性(アイデンティティ) (identity)

 自我同一性(アイデンティティ)とは、E.H.エリクソンが提唱した概念です。
 自分自身の斉一性・連続性と、他者に対して自分がもつ意味の斉一性・連続性とが一致するという感覚です。
 人生を8段階に分けた自我の漸成的発達理論の5番目の段階である青年期の発達主題です。自我同一性を獲得することが、青年期の主題であるとエリクソンは述べています。
 自我同一性の主要な要素は斉一性と連続性です。斉一性とは、「私は他の誰とも違う自分自身であり、私はひとりしかいない」という不変性の感覚です。一方、連続性とは「今までの私もずっと私でありつづける」という感覚です。
「悩み」「迷い」と表現されるようなこの自我同一性を選び取る意志決定の期間は危機と呼ばれます。自我同一性を選びとることができ、納得して1つの方向に向かっていく状態を自我同一性の統合または達成よびます。逆に、1つにまとまらず、「本当に自分のしたいことがわからない」と表現されるような「選択肢を前にして途方にくれた状態」は自我同一性の拡散と呼ばれます。自我同一性を統合することが、青年期以降の人生において重要です。これにより人は、自立した人格として、他者との親密性や社会的歴史的に生産的な生殖性を発揮していくのです。

否定的同一性(ネガティブ・アイデンティティ) (negative identity)

 社会的に望ましくなく、危険であるとされるものへの同一化に基礎をおく自我同一性のことです。
 自我同一性を、特定の社会、文化、時代において主流とされる価値観との整合性という観点から見た場合、整合性をもっている同一性を「肯定的同一性」いいます。逆に整合性を持っていない同一性を「否定的同一性」といいます。
 否定的同一性は、家族や地域社会から適切で望ましいものとして与えられた役割に対する敵意および軽蔑という形で現れます。否定的同一性とは、特定社会において望ましくない役割を、自ら選択することによって形成される同一性のです。
 福島章は否定的同一性を次の2つのタイプに分類しています。
 1つ目は、神経症・精神病、薬物・アルコールの依存者、自殺志願者、犯罪者のような存在を自ら選択してしまうことによって形成されているタイプです。そのような同一性をもつ人々は、主観的にも自分が駄目であることを痛感しています。また社会からもそのように評価されていることも自覚しています。
 2つ目は、自分がウラの社会の必要者であるという誇りを持ち、それを基礎として形成されているタイプです。ただし、このタイプの否定的同一性では、オモテの社会と対等に張り合うことはないと自覚されています。
 また、福島は、否定的同一性概念には「善―悪」という価値次元が強く反映されているという問題を指摘しています。その問題から福島が独自に提起した概念が対抗的同一性(counter identity)です。
 福島によれば、「対抗同一性とは、社会的・文化的・政治的・経済的・人種的・思想的に、少数者、辺縁性にある人々が、その独自の価値を主張する際に形成される同一性である」とされます。対抗同一性は、社会的に望ましくない価値観を持っている点で否定的同一性と共通します。しかし理論的には否定的同一性と対抗的同一性は区別されます。否定的同一性を持つ人は特定社会にとって好ましくないもの、危険なものに自らを同一化させているます。一方で、対抗同一性を持つ人は、同一化対象は社会的にも「良いもの」として認められるべきだという確信をもっています。

モラトリアム (moratorium)

 学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を差します。元々は、戦争などの非常事態に際し、国が債務、債権を一定期間猶予して金融恐慌を防ぐ措置を指します。エリクソンはこれを青年期のアイデンティティ形成の期間を指すものとして転用しました。
 小此木啓吾は古典的モラトリアム心理と新しいモラトリアム心理について述べています。

古典的モラトリアム心理

 古典的モラトリアム心理は、近代の確固とした大人社会にみられた青年期に特有です
 その特徴として以下のものが挙げられます。

  • 大人社会に猶予を与えられた見習い期間である。そのため、劣等感や大人への負い目という半人前意識があり、自立への渇望が強い。
  • 自分が何であり、どうあるべきかを真剣かつ深刻に探求する。
  • 現実の社会や歴史の流れには部外者だが、将来は自分がその中にしっかり位置づけられると意識している。
  • 知的、性的、肉体的には一人前。しかしながら、経済的自立が果たせず、社会的に半人前としてしか承認されていない。そのため、禁欲主義が課せられ、そのフラストレーションからの脱出を切望する状態に。

新しいモラトリアム心理

 新しいモラトリアム心理は、高度な技術開発や情報化、物質的豊かさや価値観の多様化、普遍的イデオロギーの不在という特色をもつ現代社会に見られます。
 古典的モラトリアム心理の特徴は、新しいモラトリアム心理によって以下のように変化しました。

  • 歴史的な伝統の継承よりも、新しいものの発見や創造に価値がおかれる。旧世代の権威が低下し、成人の半人前のひけめは全能感へと変化した。
  • 豊かな社会の中で物質的にも経済的にも恵まれ、気楽に性の解放を享受し、禁欲から解放へと変化した。
  • モラトリアム期間が、修行感覚から遊び感覚へ変化した。
  • 既成の社会の価値観や思想、行動様式に自分を同一視し、その継承者を志向するのではなくなった。既存のものから距離をおき、批判や論評に従属する部外者として自己を位置づけるようになった。
  • 既成の社会に依存するのみで行動力がなく自立できない状況を直視しない。自己の全能感に耽溺し、自立して自己責任をとろうとしない未熟な自己に気づいていない。
  • 自分を渇望し、何かに自分を賭け、確固とした自分を掴もうとしない。積極的に取り組み、そこに普遍的な価値を見いだそうとするができず、一時的、遊び的にしかかかわれず、無意欲、しらけ状態である。

自我の漸成的発達理論

 また彼は、ライフサイクルにおいて、自我の漸成的発達理論を提唱しました。
 この理論は、ときに理想的な発達モデルであるかのように誤解されます。しかし、自我の漸成的発達理論はあくまで作業仮説であり、エリクソン自身「この図表は一度使ってそして捨て去ることができる人だけお勧めしたい」と語っています。
 自我の漸成的発達理論は、決して、幼児期の体験がその後の人生の全てを決定するといっているわけではありません。
 幼児期の体験は最も底にあり、その上に、その後の人生が積み重なっていく。これが漸成的という言葉の意味です。
 自我の漸成的発達理論では人生を8段階に区分します。そして、それぞれに心理・社会的危機、重要な関係の範囲、心理社会的様式(基本的強さと不協和傾向)が設定します。
 各段階における各設定は以下の表にまとめたものになります。

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