M.クライン (Melanie Klein)

 オーストリアのウィーン出身の女性精神分析家で、児童分析を専門としました。
 1歳前後の乳児期に無意識的幻想が存在し、それが人格の発展に重要な役割を演じているという、独特の精神発達論を論じました。
 これは本能衝動を重視した自我心理学的な発達段階に対し、対象の関係性に力点を置く心理的発達モデルを考えるものです。フロイトの口唇期にほぼ相当する時期あるいは段階をさらに「妄想―分裂態勢」と「抑うつ態勢」の2つに区分しました。

妄想―分裂態勢(生後3,4カ月くらいまで)

 妄想―分裂態勢の特徴は、部分対象と分裂機制、妄想的不安が優勢であることなどです。
 この時期の乳児には、まだ人間存在に対する認識が生まれていません。この時期、最初の対象は母親全体ではなく、母親の乳房であり、部分対象としか関係を持てません。
 乳児は最初の対象である乳房を、2大本能である、生の本能(愛)と死の本能(攻撃性)によって、良い理想的な乳房と悪い迫害的な乳房に分割します。つまり、同じ乳房であっても母乳の出方の状態によって良いものと悪いものの2つがあると認識します。このため、同一の乳房であるとは認識できません。
 良い理想的対象についての幻想は、現実の母親によって愛情と授乳体験が溶け合い、裏付けされます。同様に、迫害されているという幻想は、欲求が充実されず苦痛を感じるという現実体験と溶け合います。乳児は苦痛な体験を迫害的な対象、乳房のせいにするのです。
 乳児は、こうした部分対象を自分の中に取り込み、投影しながら内的世界を形成していきます。その結果、良い理想的対象が悪い迫害対象によってのみ滅ぼされてしまうのではないかという妄想的な不安を抱いきます。理想的対象を迫害的対象から切り離し、害が及ばないようにしておく分裂機制が用いられます。
 乳児が望ましい発達をするためには良い体験が悪い経験よりも優性であることが欠かせないとクラインは考えました。

抑うつ態勢(生後5カ月~1歳)

 抑うつ態勢の特徴は、全体的な人格としての母親についての認識が生じて全体的対象関係ができることです。つまり妄想-分裂態勢において別物としか認識できなかった良い乳房と悪い乳房を同じ乳房であると捉えれるようになります。その結果、良い母親と悪い母親は同じ母親であると全体的対象としてとらえることができるようになります。
 また、乳首を噛むと母親が痛がるというような事故が対象に与える影響をも体験できるようになります。
 対象が統合されるにつれ、自我の統合も同時進行し、自己と母親という対象が分化します。それとともに、母親を自分のものにしたいという貪欲な感情が強まります。愛する対象を「むさぼり喰う」という妄想のため、対象を破壊してしまったのではないかという罪悪感、抑うつ不安が生じます。この不安は、さらに破壊してしまった対象を元通りに修復したいという償いの衝動を生みます。つまり、幻想の中で破壊衝動を取り消そうとするのです。しかし実際は、母親は破壊もされず、また愛することもやめないことを知り、乳児はこの局面を乗り越えていきます。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする