カール・ウィットフォーゲルは、ドイツで生まれで、アメリカに帰化した社会学者・歴史学者です。
彼は、フランクフルト学派であった他にも、東洋史、とりわけ中国研究において活躍しました。また、「中心・周辺・亜周辺」といった文明における三重構造の概念を提示しました。
水力社会(水の理論)
水力社会とは、大規模な灌漑工事や治水工事が大規模な官僚制を発達させたというウィットフォーゲルの理論をいいます。
ウィットフォーゲルは、大規模な官僚制は以下を満たす地域で発生するとしました。
- 肥沃な土地を持っている
- 気候的にあまり雨に恵まれない
- 近くを大河が流れている
このような地域では、大規模な灌漑工事を実施しないと農業生産が豊かにはなりません。また、灌漑工事だけでなく、大規模な治水工事も生きるためには必要です。
しかし、各種のテクノロジーが未発達な前近代の世界では、灌漑工事や治水工事を行うには大量の労働力が必要です。集められた労働力を、どのように投入するかを決定するかなどの管理が求められます。
これにより、上記の条件を満たす地域では、早くから労働力や食糧生産を管理するための中央官僚群を要した国家が発達するとウィットフォーゲルをしました。
東洋的先制主義
東洋的先制主義とは、近代ヨーロッパの社会構造や政治形態の類型の一つをいいます。オリエンタル・デスポティズムともいわれます。
東洋的先制主義には以下のような特徴があります。
- 上記の水力社会の理論で見た官僚組織によって形成される
- 国家権力を牽制する外部勢力の不在
- 脆弱な私的財産権
ウィットフォーゲルは、ソ連や中国における共産主義国家の発生という問題に対し、マルクスが説いたアジア的生産様式の概念を利用し、東洋的先制主義として説明しました。
中心・周辺・亜周辺
ウィットフォーゲルは、文明には中心・周辺・亜周辺があるという理論を展開しました。
中心とは、文明が生まれた地域をいいます。
周辺とは、中心に軍事・政治的に支配され、文明を押し付けられる地域をいいます。
亜周辺とは、中心によって侵略されず、自由に選択的に文明を学ぶことができる地域をいいます。
単一中心社会と多数中心社会
単一中心社会と多数中心社会は対となる概念です。ウィットフォーゲルが提唱しました。
単一集中社会
権力が一つに集中し、官僚にとってどうでもよいことが放置される社会です。
肝心なことは皇帝など権力者が決定し、他人に手を触れさせません。一方で、政治、経済、学術などは何でも党中央が口をはさんできます。
多数中心社会
複数の中心を持つ社会をいいます。
オリエントの辺境での、ギリシアやローマなど都市国家で成立していました。そこでは、一人に権力集中しないように工夫された市民社会をつくるべく民主主義が誕生しました。
中世西ヨーロッパも、宗教権力であるカトリック教会と政治権力である皇帝や国王が並立していたので多数中心社会といえます。この地域では、地方分権の封建制度や自治都市も成立しており、自治都市の市民から近代資本主義が成長していきました。