ルイ・アルチュセール

 ルイ・アルチュセールは、フランスの哲学者だった人物です。
 彼はフランス共産党の有力な党員でしたが後に批判する立場に回ります。
 ヘーゲルの影響が見られる初期のマルクス思想を否定し、後期マルクス思想を構造的に説明し、構造主義的マルクス主義を唱えました。
 著書には『マルクスのために』、『「資本論」を読む』があります。

アルチュセールとマルクス主義

 マルクス主義では、人間は歴史という現実の中で作られた存在であり、歴史を超えた普遍的な人間理念など虚構であるとします。ソ連型のマルクス主義では、歴史は法則によって進むものであり、個人は単なる部品のようなものであるとされます。
 一方で、西欧型のマルクス主義では、資本主義によって本来の人間性が歪められていると考えます。歴史は本来、人間が自らの意志で動かすものだというのが西欧型のマルクス主義です。
 ところが、アルチュセールは現実の歴史は複雑で、様々な要因が絡み合うことで動いているという重層的決定という考え方で歴史を捉えていきました。

重層的決定

 重層的決定とは、何かしらの出来事は複数の原因によって起きるという考え方をいいます。
 ヘーゲルの哲学では、全てを取り込んでいく絶対精神によって人間のあり方や、社会、歴史などの全てを説明しようとします。しかし、これに対してアルチュセールは異義を唱えます。歴史や社会におけるすべての現象をただ一つの原因によって生じるというヘーゲルの考えは誤りだとしたのです。
 例えば、フランス革命という出来事が起こる原因には、商工業の芽生えや飢饉、外交的失敗など様々な原因があります。一概に何か一つの致命的な原因があるとは言い難いのです。
 更に、一つの出来事は複数の効果を生みます。アルチュセールは、社会の中で生じる出来事は、単一の原因や目的では説明できず、常に複数の構造によって規定されているとしました。

国家のイデオロギー装置

 国家のイデオロギー装置とは、アルチュセールが唱えた概念で学校を初めとする市民社会の制度をいいます。
 複数の構造が同時に存在する社会では、個人という存在は自由で理性的な人格として存在しているわけではないとアルチュセールはいいます。むしろ個人は、学校や組合、マスメディアなどの制度によって、市民社会と国家にふさわしい人間として生産されます。
 彼は主体(つまり個人)のない構造はないと唱える一方で、その主体は構造を支えるものであるとしています。

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