転移 (transference)

 クライエントの過去の重要な人物との対人関係がセラピストとの関係に移されることです。過去が現在において無意識的に反復されているといえます。

転移対象

 過去の重要な人物とはもっぱらクライエントの両親を指します。そのほかクライエントの祖父母や恩師、先輩の場合もあります。転移対象の違いによって、母親転移、父親転移、教師転移などと呼ばれます。

転移される内容

 重要な人物に対する情動(愛や憎しみ、羨望など)、葛藤、空想、態度、行動、防衛様式などがあります。いずれも幼児的な起源を有しています。

精神分析療法における転移

 精神分析療法においては、セラピストの中立性と受け身性により純粋な形で生起するものです。

陰性転移と陽性転移

 転移には、転移される情動の性質という観点から、陰性転移と陽性転移があります。
 陰性転移とは、もっぱら、セラピストに対する敵対感情からなるものをさします。
 陽性転移とは、もっぱら、セラピストに対する好意的感情からなるものをさします。
 陽性転移には「意識しうる親愛感情」と「無意識の中へと抑圧されている性愛的な感情」の二つがあります。意識化しうる親愛感情は、セラピストに対する信頼感の基盤となるものです。
 一方、無意識の中へと抑圧されている性愛的な感情は、いわゆる転移性恋愛とよばれます(性愛化された転移ともよばれる)。陰性転移と並んで、治療上の抵抗(転移性抵抗)となりうる性質を有しています。なぜなら、クライエントは、セラピストに対してもっぱら性的な欲望と恋愛感情を抱くからです。その結果、クライエントの現実検討力ははなはだしく低下します。セラピストのもとに定期的に通ってくる目的が、洞察、自己理解、意識の拡大ではなく、セラピストとの対人接触そのものとなってしまいます。
 ただし、これらの陽性・陰性の区別は人工的な区別です。分析場面においては相互に分かちがたく混ざり合っていることが少なくありません。特に境界例の患者の場合、セラピストに対して陽性転移と陰性転移とが激しく、しかも交互に出現します。

転移神経症

 移動という点に重点を置いた場合、クライエントの起源神経症は転移によって転移神経症となります。転移神経症とは、クライエントとセラピストの間に形成された新しい人工的な産物で、セラピストが操作できるものです。

精神病と転移

 転移は神経症者のみならず、精神病者においても生じます。これは、妄想性転移とか転移精神病とよばれます。
 転移という媒介物を利用すれば、現在に悪影響を及ぼしている過去を修正することが可能となります。近年では、H.A.ローゼンフェルトやH.F.サールスが、精神病者に対する精神分析療法を行っています。

実際の分析場面においての注意点

 セラピストに対するクライエントの反応のすべてが転移ではないので、注意が必要です。例えば、セラピストに対するクライエントの不信感をすべて過去からの反復とみなしてしまうのは誤りです。セラピスト個人の不用意な言葉や行動が、セラピストに対する不信感を引き起こしていることもあります。それはクライエントの不信感をますます増大させるだけです。セラピストとしては、どこまでが転移性のもので、どこまでが非転移性のものであるか慎重に見極めることが大切です。

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