ルター

 ルターは、ドイツのアイスレーベンに生まれました。エルフルト大学に進学後、アウグスティノ修道会に入り司祭になりました。
 ルターは、神の恩恵と信仰によってのみ人は神の前で救われるというパウロの信仰義認の教えを通し、恵み深い神を再発見します。福音理解に基づいて、当時の協会への批判を展開しました。
 また、彼はカタリナ・フォン・ボラという元修道女と結婚したことでプロテスタント教会における教職者、牧師の結婚という伝統をつくりました。

95箇条の提題

 95箇条の論題ともいわれます。
 1517年、ルターはヴィッテンベルクの城協会の扉に95箇条の提題を貼り出しました。これは当時の教会が販売していた免罪符への講義でした。
 通説では、10月31日に95箇条の提題が貼り出されたといわれるので、この日が宗教改革記念日となっています。
 これをきっかけに彼の思想は全ヨーロッパを影響を与え、宗教改革運動に発展しました。
 1521年、ルターはローマ教会を破門されます。ヴォルムスのドイツ帝国議会では、彼は主著の取り消しを命じられますが拒否。これにより、帝国追放を言い渡されます。しかし、ルターを支持するフリードリヒ選帝侯によってかくまわれ、その間に新約聖書のドイツ語訳を完成させ、出版します。

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