エトムント・フッサール

 エトムント・フッサールは、オーストリア出身のユダヤ系ドイツ人の哲学者です。
 ウィーン大学で約2年間フランツ・ブレンターノに教わった後、ドイツのハレ大学、ゲッティンゲン大学、フライブルク大学で教鞭を取りました。
 彼は、現象学という新しいジャンルの哲学を確立し、20世紀の哲学の大きな潮流を作ったことで知られています。
 主な著作には『イデーン』『デカルト的省察』があります。

現象学

 フッサールの現象学は、あらゆる先入観を排除し、現象そのものを把握して記述することを目的としています。この目標についてフッサールは「事象そのものへ」という言葉を残しています。
 例えば目の前にある物体について考えるとします。この場合、それらの物体が客観的に実在しているか疑うとキリがありません。そこで、現象学ではまず「目の前の物体が実在している」という先入見を排除します。すると、実在しているか否かはわからなくとも、目の前の物体を視認し、意識に現れていることは絶対に確かだとわかります。
 結局として確かなのは、自分は何かしらの物体を見ているという直感と、その直感が自分の外の何ものかに関わっているということなのです。現象学ではこれを志向性(~についての意識という意味)といいます。

志向性

 志向性とは、意識は常に何ものかについての意識であるという意味です。
 あらゆるものは、意識にとっての志向的対象として存在し、そのつど意味付けられます。現象学においては、人間の認識活動は志向性を持っているので、絶対の真理の認識は不可能であるということになります。

現象学的還元

 現象学的還元とは、現象学における手法の一つを言います。
 フッサールは、自分の意識の外部にあるものが初めから存在しているという断定を保留しました。その上で、まずは対象が意識にどのように作用するのかを吟味しました。これが現象学的還元です。
 現象学的還元を行わずに対象を捉える場合、世界と存在者自体の意味や起源を問題とすることはできないとフッサールはいいます。この問題を解決するために、フッサールは対象に関する判断や理論を禁止するエポケーを行うことを提唱しました。その上で、意識に直接あらわれたものから確実に言えることだけを言おうとしました。

超越論的主観

 意識の経験が成り立つには、その土台となる意識(主観)が必要です。ところが、この主観自体は経験できないとフッサールはいいます。ここでいう意識を超越論的主観といいます。
 現象学では、世界内存在によって意味付けられた世界ではなく、新たに、超越論的主観性によって世界を解釈ないし哲学的反省をしていきます。

間主観性

 現象学では、自然も生活世界なども意識にとっては直接経験することができない超越論的な対象です。しかし、現実的には本当に存在するかどうかは不確かな他者の存在や、他者たちと同じ世界で生きていることを確信しています。
 近代までの思想では、主観とは個々人で独立したものとされていました。しかしフッサールは、人々が持つ主観は同じように世界を構成しているとしました。つまり、現象学では、複数の主観の間で共通して成り立つことを認めているのです。このように、複数の主観の間で共通に成り立つこと間主観性といいます。間主観性は、事物などの客観性を基礎づけるものとされます。

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